4年前の今日を振り返る

    4年前の今日を振り返る


    東日本大震災から今日で4年が経ちました。

    ついこの前の出来事に思っていましたが、

    振り返ると、あれからもう4年。

    時が経つのは本当に早いものです。

    久しぶりに4年前の当地の被災時の記事を振り返って見ました。

    宜しければ皆様もご覧ください。

    2011年の3月12日、3月19日の記事を見て頂ければ、

    当地の被害状況が分かり易いと思います。

    同じ栃木県でも被害のなかった所もありますが、

    私の住んでいる地域はかなり酷いものでした。

    あの時の地震はM7以上の三つの巨大地震が連動して、

    私の所は続け様に長くて大きな揺れに襲われました。

    立っていられない状態が5分くらい続きましたでしょうか。

    何時までこんな揺れが続くのかと思ったくらいです。

    その時は地震ではなく、

    大きな隕石でも地球の何処かに落下したのかなと思いました。

    兎に角、凄い揺れで、あらゆる物が倒れたり、壊れてしまいました。

    近所では納屋や家が倒壊したお宅も見られました。

    我が家は倒壊は免れましたが、家の中は滅茶苦茶で、

    足の踏み場もないほど物が壊れて錯乱しました。

    もし深夜に起きていたら、大怪我をしていたかもしれません。

    当地では地震の直後に停電、断水になりました。

    夜はガラスの割れた窓から、冷たい風がピューピュー吹き込んできました。

    家の中は停電していて真っ暗でしたが、

    庭に設置してあったソーラー外灯が数本あり、それを灯りの代わりに使いました。

    大きな余震が数分おきに起きて、とても眠れませんでした。

    停電と共に町の水道も断水しましたが、

    我が家には井戸があるので水には困りませんでした。

    こういう時、農家は米も野菜もあるので、

    直ぐに食料難に陥る事はないと思います。

    携帯電話には電話やメールが掛かってきましたが、

    全く繋がらず、返事が出来ませんでした。

    何時もは便利な携帯電話もこの時ばかりは不便な物に感じました。

    東北地方の津波の映像などは、

    電気が復旧した一日半を過ぎた頃にテレビを付けて初めて知りました。

    ラジオを聴いて被害の大きさは知っていましたが、

    映像を見ると、創造を遥かに超えていて、

    この世のものとは思えない地獄絵図を見ている感じで言葉の一つも出ませんでした。

    その時、栃木県は海無し県で良かったと思いました。

    そして今度は福島の原発事故とのニュースが頻繁に流れるようになりました。

    地震の影響で原発事故が発生するとは思いませんでした。

    何世代も住み続けてきた人々が土地を追われる、

    どんな気持ちだった事か・・・

    中にはペットを置き去りに余儀なくされた方も多くおられた事と思います。

    もし、自分が同じ目に遭ったら・・・と、その時は本気で考えました。

    そして4年が経った今でも放射能の問題は続いています。

    一歩間違うと、こんな悲惨な目に遭うのに、

    安心安全原発再稼動!?

    政府は何を馬鹿な事を言っているのでしょうか。

    もし、地震が起きなくても、何かの事故で放射能が漏れたら、

    また福島原発事故の二の舞になってしまいます。

    所詮人間が作ったものですから、絶対に安全なんて事はありません。

    でも初めから原発0にすれば放射能漏れは起こりません。

    簡単な事です。

    それと、核燃料のごみとやらを地下深くに埋めるとか、

    何時になっても消えない放射能まみれの核のゴミ、怖いです。



    思い出しましたが、地震が起きてしばらくの間、

    閉じてしまったお店が相次ぎました。

    大型スーパーなど、営業している店も物不足が続きました。

    それと、ガソリンが入手出来なくて困りました。

    ガソリンスタンドは数キロ先まで渋滞なんて光景もしばらくの間、見られました。

    経験した事や感じた事などを簡単に書きましたが、

    当時は不安と不便が続いて何かと大変でした。

    教訓にしたいのですが、

    出来る事なら、あの様な体験は二度としたくないです。


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    ~ Comment ~

    NoTitle

    この日も、時折、雪の舞う寒い日でしたね。
    遠く離れたこちらでも気味の悪い
    長い揺れを体感しましたので、
    震源に近いご当地の恐怖の程が慮られます。

    もう、二度とこのような災害は
    起きて欲しくないと思いますね。

    グーグルアースで岩手、宮城、福島と
    海岸線を辿りますと、その傷痕の酷さが見て取れます。

    陸前高田などは、まだまだ凄まじい光景が広がっています。
    4年が経っても、復興が進んでいるようには見えません。

    まだまだ、癒えぬ傷痕、進まぬ復興がありますね。
    私たちにできることは、この経験を忘れない
    災害を風化さないことが大切ですね。

    Re:くゆらさん

    こんばんは。
    阪神大震災の時、逆に当地では、
    大した揺れは感じませんでしたが、
    何となく不気味な揺れ方だったのを覚えています。
    そして朝起きてテレビを付けたら大変な事になっておりました。
    テレビで見ても恐ろしい状況が伝わってきますので、
    実際に被害に遭われた方はその何十倍もの恐怖を味わった事と思います。

    特に津波は怖いですね。
    建物の3、4階に避難すれば大丈夫、
    その人達でさえ津波で流されて亡くなったのですから、
    想像を絶するものがあります。
    10m、15m、20mの高さの津波とか言われてもピンッとこないです。

    昨日は各局共に特番で東日本大震災について放送していましたが、
    人それぞれいろいろな悩みを抱えているのだと改めて感じました。
    今まで4年間気合を入れて頑張ってきた人が
    今頃になって鬱になってしまったとか、
    仮設住宅暮らしになってから体調が悪くなっとか、
    生きる希望を亡くして自ら命を絶ってしまった人とか・・・
    自分はこんな事やっていてよいのかと罪悪感さえ感じました。
    頑張ろうとしても現実は厳しいのだと痛切に感じました。
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